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2022/04/07

【登山】高尾山で初めて見たスカシダワラ(クスサンの繭)と福徳弁財天洞

 3月中旬のある日、ぽん太とにゃん子は、運動不足解消のために高尾山に出かけました。

 

【山域】奥多摩・高尾
【山名】高尾山(599.3m)
【登山日】2021年3月中旬
【天気】晴れ
【登山者】ぽん太、にゃん子
【コース】高尾山口駐車場11:57…(稲荷山コース)…13:34高尾山14:21…14:47高尾山薬王院15:01…15:14霞台園地…15:36琵琶滝…16:07高尾山口駐車場

 さて、登山口に立ってどの登山道を使おうかと思案。4月中旬並みの暖かい日だったので、平日とはいえハイカーも多かろうと思い、道幅の広い稲荷山コースを選びました。

 でも当日の暖かさとは裏腹に、花は全く咲いておらず、スミレの一輪もありませんでした。これまで寒い日が続いていたので、急に咲けといわれても、花の方も準備ができていなかったのかもしれません。

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 にゃん子が不思議なものを発見! ぽん太も初めてです。

 木の枝についた、落花生ほどの大きさのカゴのようなものです。なんか気持ち悪る。昆虫系かしら、それとも蔓性植物の実か何か?

 帰宅してから調べてみると、クスサンという蛾の繭で、スカシダワラという名前がついているそうです。「クスサン - Wikipedia」によれば、7月前半ごろに繭が作られ、9月〜10月に羽化するそうです。どこかに穴が開いていて羽化した後なのか、羽化する前に死んでしまったものなのか、よく見なかったので今となってはわかりません。

 それにしても現代芸術のような見事な造形ですね。にゃん子えらい! よくぞ見つけた。

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 山頂は、高校生だか大学生だかの団体がいて、けっこう混んでました。晴れですが雲が多く、富士山は見えなくて、みんな残念がってました。適当な場所を見つけて昼食をとりました。

 帰りは、これまで歩いたことがない道ということで、3号路と1号路の間あたりにある、薬王院に至る道を選択しました。道自体は山頂に至る資材運搬用の車道という感じで趣きはなかったのですが、思いがけない発見がありました。

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 それがこれ! この道は高尾山薬王院の裏手に降りてくるのですが、そこに「福徳弁財天洞」というものがありました。多摩地区に生息するぽん太とにゃん子は、これまで数えきれないほど高尾山に登っておりますが、こんなスポットがあるとは知りませんでした。

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 石段の向かって左に、新しそうな石像があります。琵琶を弾く女性、弁天様(=弁財天)ですね。隣にある案内板によると、この洞窟の中には弁財天が安置されていましたが、いつの時か無くなっていました。薬王院の27世範秀僧正が昭和天皇の即位を記念して、昭和元年に新たに弁財天像を造って安置したとのことです。

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 ということで、石段の上の洞窟に入ってみます。

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 入り口には一段下がってアーチがあります。お約束どおり、ぽん太は頭をぶつけました。アーチの上にはお地蔵様や仏具が置かれています。

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 洞窟は、十メートルほど進んだところに柵があって行き止まりになっており、そこになにやら仏像が置かれています。暗くて見えませんが、写真を撮って後からみると、このような石仏でした。これも弁財天ですね。上記の解説文に書いたあった昭和元年に造られた弁財天は、洞窟の外にあった弁財天ではなく、洞窟の中のこの弁財天だったのですね。

 多くの人は弁財天というと、美しい女神様が琵琶を抱いて七福神の船に乗っている姿を思い浮かべるかと思いますが、元々はヒンズー教の女神サラスヴァティーが仏教に取り込まれたものです。像容は、2臂像(腕が2本)と8臂像(腕8本)に別れます。2臂像はよく見る琵琶を弾く女神の姿で、音楽や学芸の神です。弁財天はヒンズー教ではサラスヴァティー川の化身とされていたことから、川辺や湖のほとりに祀られます。一方、8臂像は手に弓・箭・刀・矟(さく)・斧・長杵・鉄輪・羅索などを持ち、戦いの神の性格を持っております。ひとつの神様に、性格がまったく異なるふたつのお姿があるというのは面白いですね。

 上の写真を拡大してよく見ていただくと、頭の上にとぐろが巻いてあって、翁の顔があるのがわかります。これは蛇の体に翁の顔を持つ宇賀神(うがじん)と呼ばれる正体不明の神です。弁財天と宇賀神は日本で中世以降に習合し、宇賀弁財天と呼ばれます。頭上に宇賀神を戴き、持ち物にも宝珠や鍵が加わり、福徳神・財宝神としての性格が加わっております。高尾山の弁財天の洞窟は「福徳弁財天洞」と名付けられておりますので、宇賀弁財天でピッタリですね。

 ただ現在の弁財天は、上に述べたように昭和元年に造られたものなので、元々の弁財天がどのようなお姿でいつ頃作られたものなのかはよくわかりません。

 洞窟の中に弁財天が祀られる例は各地にあるようで、鎌倉の銭洗弁天が有名ですね。洞窟から湧き出る水でお金を清めると、金運が上昇するそうです。高尾山のこの洞窟からかつて水が湧き出ていたかどうか、ぽん太にはわかりません。

 なんでこんな山の上に弁財天が?という疑問もあるかと思いますが、修験道の始祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が弁財天と出会ったという言い伝えがある六甲山周辺には弁財天を祀る寺が多くありあす。また大峰山の入り口にある奈良県天川村にも、天河大弁財天社があります。高尾山も山岳修験道が古くから行われていた山です。薬王院の本尊・飯綱大権現の起りである信州の飯綱山は役の行者によって開かれたとされており、神変堂(じんぺんどう)には神変大菩薩(=役行者)が祀られております(後述)。高尾山の弁財天は、役行者と関係があるのかもしれません。

 もうひとつ思い浮かぶのは、高尾山が古くから滝行の場であったという事実です。滝といえば水です。しかも現在高尾山に残るふたつの水行道場の滝の名は、「琵琶」滝と「蛇」滝。う〜ん、な〜んか宇賀弁財天っぽいですね〜。でもこれはぽん太の推測。信じるも信じないもあなた次第です。

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 薬王院飯綱権現堂です。もちろん立派な神社です。でも高尾山薬王院はお寺ですね。日本伝統の神仏習合がしっかりと残っているところが嬉しいです。彫刻の飾りがとても見事です。案内板によると、写真の拝殿は1753年(宝暦3年)に建てられたそうです。

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 さて、こちらが先に触れた「神変堂」(じんぺんどう)です。薬王院から降って行った場合、浄心門の手前の右側にあります。神変大菩薩(=役の小角=役行者)を祀っております。

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 中には役行者が祀られておりますが、ガラスの反射でよく見えません。見える範囲で、修験道の姿で岩座に座り、頭に頭巾。典型的な像容と思われます。

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 お堂の前には、左右に善童鬼(ぜんどうき)・妙童鬼(みょうどうき)の石像があります。前鬼・後鬼(ぜんき・ごき)とも呼ばれ、役行者が従えていた夫婦の鬼です。一般的な像容は、善童鬼は赤鬼で、役行者の進む道を切り拓くための斧をもっています。妙童鬼は青鬼で、霊水を入れた水瓶を持っています。この二つの像も、それに従っておりますね。

 さて帰路は、いつもの琵琶滝に抜ける道を下り、有喜堂の蒸し立てのまんじゅうを食べ、高尾山温泉・極楽湯で汗を流して帰りました。

2022/04/05

【仏像】@東京国立博物館・総合文化展2022年3月上旬

商品の状態やや傷や汚れあり
商品のサイズ30cm
配送料の負担送料込み(出品者負担)
配送の方法らくらくメルカリ便
発送元の地域静岡県
発送までの日数2~3日で発送





ナイキ ダンクSB デラソウル カラー···グリーン スニーカー型···ハイカット 履き口···紐 柄・デザイン···プリント(ロゴなど) 当時物です。正規購入致しました。箱、替え紐はありませんがまだまだ履けると思います。 サイズは30cmです。尚、中古品では御座いますので見落とし等はご容赦下さい。宜しくお願い致します。 #ダンクSB #ナイキダンク #ダンクHIGH #デラソウル #DELASOUL

 3月中旬、特別展「空也上人と六波羅蜜時」を見学したあと、総合文化展(いわゆる常設展)へ。常設展といっても、定期的に展示替えがなされ、重要文化財などが次々と展示されるので、見逃す手はありません。

 

【展覧会】総合文化展
【会場】東京国立博物館 本館1室、3室、11室
【会期】
 1室:2022年2月1日〜3月13日
 3室:2022年2月1日〜3月13日
 11室:2022年2月1日〜5月8日
【拝観日】2020年3月上旬
【観覧料金】総合文化展:一般1,000円 (特別展入館者は、無料で見学できます)
【作品リスト】
 ・1室作品リスト
 ・3室作品リスト
 ・11室作品リスト
【仏像】◉国宝 ◎重文
1室
 菩薩半跏像 那智山出土 飛鳥時代・7世紀 E-14846 お姿と解説
 如来立像 法隆寺献納宝物 飛鳥時代・7世紀 N-193 お姿と解説
 聖観音菩薩立像(模造) 1躯 原品=奈良・薬師寺 昭和時代・20世紀、原品=飛鳥〜奈良時代・7〜8世紀 C-1830
3室
 聖徳太子立像 鎌倉時代・13世紀 C-1866 お姿
11室
◎弘法大師坐像 長快作 鎌倉時代・13世紀 京都・六波羅蜜寺蔵
◎吉祥天立像 鎌倉時代・13世紀 京都・六波羅蜜寺蔵
 奪衣婆坐像 康猶作 江戸時代・寛永6年(1629) 京都・六波羅蜜寺蔵
 司録坐像 江戸時代・17世紀 京都・六波羅蜜寺蔵
 司命坐像 鎌倉時代・13世紀 京都・六波羅蜜寺蔵
 薬師如来坐像 奈良時代・8世紀 C-318 お姿
◎釈迦涅槃像 鎌倉時代・13世紀 奈良・岡寺蔵
◎大日如来坐像 平安時代・11〜12世紀 C-311
◎十一面観音菩薩立像 平安時代・11世紀 奈良・當麻寺蔵 お姿
 阿弥陀如来坐像 鎌倉時代・12〜13世紀 静岡・願生寺蔵
◎広目天立像 平安時代・9世紀 福島・勝常寺蔵 お姿(向かって左です)
 千手観音菩薩坐像 南北朝時代・14世紀 C-306
 四天王立像 鎌倉時代・14世紀 文化庁蔵

 

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 1室には、飛鳥時代の金銅仏。あ、総合文化展は特に撮影禁止の表示がない場合、原則として写真撮影可です。これもありがたいですね。

 この時代らしい伸びやかでおおらかな仏さま。キャプションに、この仏像は那智山で出土したもので、56億7千万年後の弥勒菩薩がこの世に現れるのに備えて埋められたものだ、と書かれているのを読み、ぽん太はちょっとびっくりしました。だいたいこのような仏さまは奈良にあるもので、和歌山の熊野にある那智山から「出土」というのは珍しいです。飛鳥時代に熊野に仏像が祀られていたのでしょうか。当時の熊野は修験道の世界だったような気がしますが。また、未来に世に出ることを願って埋めたという点についてですが、チベット仏教では埋蔵経という考え方がありますが、経典を土の中に埋めておくと、それが必要となった時代に発見されるというものです。中には新作の偽物の経典を「大昔に埋められた埋蔵経を発見した」と言い張るようなやからもいたようですが、それは置いといて……。チベットでそういうものがあるのは知っていましたが、日本にも似たようなものがあるとは知りませんでした。しかも仏像を埋めるとは?

 菩薩半跏像 - ColBaseというサイトを見て腑に落ちました。飛鳥仏だから飛鳥時代に埋められたのかと思い込んでましたが、埋められたのは平安時代後期だったんですね。末法思想の元で、経典を後世に伝えようという考えから経典を塚に埋納するという信仰形態が生まれ、その塚を「経塚」と呼ばれました。経塚 - Wikipediaによれば、日本で最古のものは1007年に藤原道長が造営した金峰山経塚だそうです。

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 如来立像も同じく飛鳥時代のものですが、木造なのが珍しいです。像高約50センチとけっこう大きめです。同時代の渡来仏がまるで宇宙人のようなデフォルメされたスタイルなのと違って、日本風な素朴なお姿です。施無畏与願印が見慣れたものとは左右が逆なのも、古さを感じさせますね。もともとは法隆寺にあったもので、いわゆる「法隆寺献納宝物」のひとつ。法隆寺献納宝物とは、明治11年(1878)に法隆寺から皇室に献納された三百余の宝物のことで、その経緯はよくわかっておりません。戦後になって国有となり、東京国立博物館の所蔵となりました。

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 3室には聖徳太子の立像が安置されております。いわゆる「二歳像」で、数え年2歳の聖徳太子が旧暦2月15日の涅槃会(お釈迦様が涅槃に入られた=亡くなられた)の日に、東の空に向かって「南無仏」と唱えたという伝説に基づく、太子像の定型のひとつですね。本像は、鎌倉時代らしいリアルで迫力ある造形が魅力。お肌は子どもらしくプリプリしてますが、厳しい表情はとても2歳に見えないですね。

 4室に入って、六波羅蜜寺像の5体に関しては以前のブログ(【仏像】六波羅蜜寺の宝物館が引っ越し公開・特別展「空也上人と六波羅蜜寺」&総合文化展@東京国立博物館(2022/03/31))に感想を書きましたので、そちらをご覧ください。

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 薬師如来坐像は、奈良時代8世紀の木心乾漆像です。像高1mあまり。ちょっと面長で細くて切長の目ですが、あんまり威厳は感じられず、「あちゃ〜やっちゃった〜」って言っているお父さんのようです。衣紋の表現も薄くて様式的。胸も左右に分かれてませんね。右手の施無畏印もちょっと高さが低くて手のひらが内側を向いています。施無畏印の意味は「怖がらなくてもいいよ」というメッセージですが、もとから怖くないんですけど。なんかちょっと気が小さそうな仏さまですね。

 

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 釈迦涅槃像は奈良の岡寺の所有で、東京国立博物館に寄託されているもの。重要文化財です。像長約170cmでほぼ等身大。お釈迦様の入滅のお姿ですが、絵画が圧倒的に多く、彫像は珍しいそうです。そういえばぽん太も日本では見た記憶がありません。タイだかネパール・チベット・ミャンマーだか覚えてませんが、海外では馬鹿でかいのを見た記憶があります。右手を頭に添えたポーズは鎌倉時代以降に多いそうで、じっさい鎌倉時代の作ですが、線が浮き出したような衣紋の表現や、ゆったりした感じなど、ぽん太はなんかガンダーラ風な印象を感じます。すばらしい仏さまですね。

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 このとっても優美な大日如来様は、ぽんたはなんと3回目のご対面。っていうか、いつも展示されてるんじゃないの? 東京国立博物館の推しメンか? 平安時代後期の定朝様の美仏です。

 奈良の當麻寺の十一面観音様というと、本堂(曼荼羅堂)にいる通称・織姫観音(お姿)が有名ですが、それとは別の十一面観音様が来ておりました。撮影禁止だったので、写真はありません。「當麻寺だね〜」などと言いなが見ていたのですが、残念ながらゼ・ン・ゼ・ン覚えてません。もったいないことをしました。ネットで写真を探しても全く見つかりません。真剣に見ておけばよかった。1909年の重文指定となっているので、現在まで続いている1950年(昭和25)施行の文化財保護法の前の、1929年(昭和4)施行の国宝保存法のさらに前の、1897年(明治30)古社寺保存法時代の「国宝」指定ですね。現在は東京国立博物館に寄託されているようです。

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 静岡・願生寺の阿弥陀如来は、鎌倉時代の作。なんかこんな相撲取りいなかったけ?という感じの、力強く写実的な像です。

 次は福島県は勝常寺の広目天(重文)。ぽん太は勝常寺は、2018年に訪ねたことがあります(【仏像】国宝・重文の平安仏がいっぱい 勝常寺(福島県湯川村)(2018/09/06))。国宝・重文の平安仏がいっぱいありました。そこで四天王像を見たのですが、広目天だけは東博に寄託中とのことで拝むことができませんでしたが、こんかい初めてお目にかかることができました。お姿(向かって左です)をご覧ください。す・ご・い迫力ですね〜。顎から喉にかけての肉付きが、マツコデラックスを超えてます。ノーベルの男梅のキャラ(お姿)も思い出されます。

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 さて、最後は美しい仏さまでお口直しを(わ〜広目天様ごめんなさい、鶴亀鶴亀)。南北朝時代の千手観音菩薩坐像と、鎌倉後期の四天王です。組み合わせれて配置されておりますが、元々は別の仏さまです。でも、ともに時代が近く、流麗で装飾性が際立っていて、いい組み合わせですね。大きさもちょうどいいです。千手観音さまは院派によるもので、光背の繊細な透かし彫りも見事です。この像も以前にお目にかかった気がします。東博の仏像の学芸院さんは、美仏好きか? 四天王は、躍動的なポーズと執拗な甲冑の表現が素晴らしく、現代のアニメに通じます。中尊と脇侍の、静と動の対比も面白いですね。

 四天王像は文化庁が所有とのこと。へ〜。文化庁が所有する仏像があるのか。ぐぐってみると(文化庁保管文化財一覧 - Wikipedia)、国宝・重要文化財に相当する文化財を売り渡す申し出があった場合、国が購入して文化庁が保管する制度があるそうで、順次国立博物館等に移管されるのだそうです。もうひとつ、国の機関が発掘した埋蔵文化財で所有者が明らかでない場合は国に帰属するという法律があるそうで、それによって文化財所有になっている文化財があるそうですが、それはぽん太の興味の範囲外です。

 国有品図版目録(令和3年3月現在)文化庁文化財第一課(pdf)を見ると、13ページに出てますね。像内墨書により鎌倉時代(元徳3・1331)の作で、平成12年買い取り、東京国立博物館貸与だそうです。

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【仏像】六波羅蜜寺の宝物館が引っ越し公開・特別展「空也上人と六波羅蜜寺」&総合文化展@東京国立博物館

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 国立博物館で開催された六波羅蜜寺展を観に行ってきました。特別展とコラボして総合文化展でも5躯の像が展示されておりますので、お見逃しにならないように。

 京都の東山区にある六波羅蜜寺には、ぽん太とにゃん子は2回行ったことがあります。最初に訪れた時の記事が「【観光】夏を迎える京都(六波羅蜜寺、永観堂、戒光寺、泉涌寺、東福寺など)(2014/08/15) 」ですが、仏像のことはあんまり書いてありませんね。

 こんかいの展覧会は、六波羅蜜寺の宝物館に展示されている仏さまたちがいらっしゃいました。なんでも六波羅蜜寺では、2022年5月末に新宝物館が開館するそうで、移転の機会を利用して本展覧会が開かれたと推察されます。

 宝物館の仏さまが全員いらっしゃったのかどうかは、ちょっとぽん太の記憶力ではわかりませんが、同時に総合文化展で展示されている仏さまと併せて、ほとんどは来ているように思えます。秘仏の国宝・十一面観音立像は、残念ながら今回は出品されておりませんでした。12年に一度のご開帳なので、今度は2014年になるはずですが、もしかして今年の新宝物館開館に伴ってご開帳するかしら? マークしておかないと。

 

【展覧会】特別展「空也上人と六波羅蜜時」
【会場】東京国立博物館 本館特別5室(特別展)、本館11室(総合文化展)
【会期】特別展:2022年3月1日〜5月8日
    総合文化展:2022年2月1日〜5月8日
【拝観日】2020年3月上旬
【観覧料金】特別展+総合文化展:一般1,600円 (※時間予約制です)
【関連サイト】
 特別展 ・https://kuya-rokuhara.exhibit.jp(公式サイト)
     ・https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2129(東京国立博物館)
 総合文化展 ・https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=6642(東京国立博物館)
 六波羅蜜寺 ・https://www.rokuhara.or.jp(六波羅蜜寺の公式サイトです)
【作品リスト】
  ・特別展作品リスト
  ・総合文化展作品リスト
【仏像】◎重文 (以下すべて六波羅蜜寺・京都 蔵)
◎空也上人立像  康勝作 鎌倉時代13世紀 お姿a お姿b
◎四天王像 平安時代10世紀(増長天のみ鎌倉時代13世紀) お姿a
◎薬師如来坐像 平安時代10世紀 お姿a
◎地蔵菩薩立像 平安時代11世紀 お姿a お姿b
◎地蔵菩薩坐像 運慶作 鎌倉時代12世紀 お姿a お姿b
◎閻魔王坐像 鎌倉時代13世紀 お姿a
 夜叉神立像 平安時代11世紀 お姿
◎伝運慶坐像 鎌倉時代13世紀 お姿b
◎伝湛慶坐像 鎌倉時代13世紀 お姿b
◎伝平清盛坐像 鎌倉時代13世紀 お姿a お姿b
  ※お姿aは公式サイト、お姿bは六波羅蜜寺のサイトです。

総合文化展
 司録坐像 江戸時代17世紀 お姿
 司命坐像 鎌倉時代 13世紀 お姿
 奪衣婆坐像 康猶作 江戸時代 寛永6年(1629) お姿
◎弘法大師坐像 長快作 鎌倉時代 13世紀 お姿
◎吉祥天立像 鎌倉時代13世紀 お姿

 

Kuya_portrait
(この写真と以下の写真は、Wikipediaからのパブリック・ドメインのものです。)
 さて、お目当ての空也上人立像は、押すなおすなの大混雑かと思いきや、7〜8人が囲んでいる程度でした。ガラスケース入りですが、間近で360度から見ることができました。運慶の4男・康勝による肖像彫刻の傑作です。どの方向から見ても美しいポーズ。細部も手を抜くところがなく、足の指の一本いっぽんまで細かく美しく作り込まれています。手足が細くて痩せているのは布教のため諸国を歩いたからでしょうか。南無阿弥陀仏」の6字を意味する小さな阿弥陀仏が口から出ているという意匠も面白いです。前屈みの姿勢で、やや苦しそうな表情。「南無阿弥陀仏」という言葉を口にするまでの、修行や布教といった産みの苦しみを感じさせます。

 なぜ空也の像が六波羅蜜寺にあるかというと、六波羅蜜寺を創建したのが空也だからです。若い頃から「南無阿弥陀仏」の名号を唱えながら諸国を遍歴し、社会事業を行っていた空也は、938年、京都で口自称仏を勧める活動を本格的に開始。951年には十一面観音像、梵天・帝釈天像、四天王像を造り、西光寺を建立しました。これが六波羅蜜寺の始まりです。当時の京都には疫病が蔓延し、鴨川の岸は遺体の捨て場になっていました。空也はこの十一面観音を車に乗せて引きながら、念仏を唱え、病人に茶を振舞ったそうです。このうち十一面観音と、増長天以外の四天王は、現在まで六波羅蜜寺に伝えられています [1][2]。

 で、その四天王像(増長天だけは鎌倉時代の補作です)がこんかい出品されていました(秘仏・十一面観音はお出ましにならなかったのは、上に書いた通りです)。鎌倉時代の躍動感あふれるポーズとは異なり、平安時代らしく悠然と構えた像。お顔が小さめです。衣服や甲冑などが細かく丁寧に表現されていますが、彫りは浅めです。あと、天邪鬼を踏んづけていないですね。鎌倉時代の増長天も、他の三体の様式に合わせて作られてはいますが、どことなく鎌倉風の写実性が感じられます。

 四天王に囲まれて安置されている薬師如来も平安時代の作ですが、空也の没後に比叡山延暦寺の僧・中信が977年に六波羅蜜寺と改名し、天台宗に改宗したときに作られた像とされ、ちょっと年代が下がります[2]。なんか独特のお姿で、肉髻(頭髪の盛り上がり)のくびれが浅く、ネパールの耳当て付きニット帽みだいです(わかるかな〜?)。唇は「マカロニほうれんそう」のきんどーちゃんのような(わかるかな〜?)おちょぼ口。薬壺を持つ左手は指先が内側を向いており、胸の高さの右手は親指と中指で輪をつくってます。なんでも「天台様式」が取り入れられているそうですが、ちょっとぐぐってみただけではよくわかりません。

 地蔵菩薩がふたつ出品されており、比べてみると面白いです。ひとつは平安時代の立像、もうひとつは鎌倉時代に坐像です。

 平安時代の方はとても優美な像で、定朝様というか、定朝の作と伝えられています。定朝は11世紀に活躍した仏師で、「和様」と呼ばれる優美な仏像の様式を完成させました。頭が小さくてすらっとした七頭身(?)のお姿。ちょっと眠たそうなお顔。腰から足にかけての斜めに走る衣の襞がとても繊細です。彩色・截金が施されているそうですが、截金はちょっと見つけられませんでした。左手に頭髪を持つのが独特で、鬘掛(かつらかけ)地蔵と呼ばれているそうです。また『今昔物語』(巻17第21話、現代語訳はこちら→今昔物語集現代語訳)に登場することでも知られているそうです。

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 鎌倉時代の地蔵菩薩は運慶の作ですね。写実的で、両腕の微妙な空間構成、美しい青年のような表情、深く流れるような衣の襞など、見事な仏さまです。定朝と運慶の作品を同時に見比べられるとは、豪華ですね。

 鎌倉時代の閻魔王坐像は、デフォルメされた迫力ある像。なんで六波羅蜜寺に閻魔大王像があるのかというと、この寺は京都の有名な葬送の地・鳥辺野(とりべの)の入り口にあることなどから、地獄信仰と結びついたようです。

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 運慶・湛慶親子の肖像彫刻と伝えられている2躯。運慶が生前に京都に建立した地蔵十輪寺という寺にから移されたと言われています。上の写真は運慶像ですね。ぽん太にとって運慶というと、眼光鋭く無口で、作仏に全てを捧げる修行者のようなイメージでしたが、なんかこの彫像の運慶は、ベラベラとようしゃべるオッサンみたいです。「頼朝はん。この仏さまええでっしゃろー。こっちのお寺にもうひとつ造りまへんか〜」などと営業していた感じがします。

 伝・平清盛像は、これもまた恰幅が良くて傲慢なぽん太のイメージとは異なり、痩せていて神妙に経典を読んでおります。でもお顔が、菅元総理というか(わ〜ごめんなさい)、何か良からぬことを企んでいる気がします。
 なんで平清盛像が六波羅蜜寺にあるのかというと、平安末期、この寺の周囲に六波羅殿と呼ばれる平家の大邸宅群が建てられ、その中には平清盛の館もありました。1183年、平家都落ちの際に焼け落ちましたが、鎌倉時代になってその跡地に、朝廷監視のための六波羅探題が置かれました。

 

 さて、上に書いたように、六波羅蜜寺の宝物館の所蔵品の一部は、総合文化展(いわゆる常設展みたいなものですね)に出品されています。見逃さないようにご注意ください。

 弘法大師像は、快慶の弟子の長快の作。慶派の立派な像ですが、運慶の躍動感や、会計の優美さには欠ける気がします。長快の現存作は、これ以外にはパラミタミュージアムの十一面観音立像だけです。

 吉祥天というと、見目麗しいお姿が頭に浮かびますが、この像はぷっくり(でっぷり?)していて、お顔もそこらのおばさん風、腰の帯の上にお腹の脂肪がはみ出てます。癒し系か? ちょっとぐぐってみましたが、どうしてこのような像容なのか、他にもこのような吉祥天の像容があるのか、ちとわかりませんでした。

 司録、司命(しみょう)、脱衣婆は、地獄信仰に関するキャラクターですね。地獄信仰は、仏教に取り込まれたヒンズーの神々が、中国で道教と習合・発展したものが、さらに日本に伝わってから独自の変化をしているようで、複雑すぎてぽん太にはよくわかりません。

 司録、司命は、地獄の裁判官閻魔大王の書記官のような存在で、功徳を読み上げたり判決を記録したりする役目だそうです。閻魔大王の左右に眷属のように配置されることが多いようです。元々は道教に由来するそうで、唐風の服装をしています。巻物や筆、名札を持っていますが、変化が多いようです。

 六波羅蜜寺の像は、司命が右手に筆、左手に巻物を持っています。鎌倉時代らしく、写実的で空間構成が見事です。司録は持ち物が失われていますが、巻物を広げて読んでいるように見えます。江戸時代のもので、お腹から下半身のあたりなど、様式的で簡略化されております。

 脱衣婆(だつえば)は、死んだ人間が最初に会う地獄の官吏で、三途の川のほとりに立ち、亡者の衣服を剥ぎ取ります。剥ぎ取られた衣服は大樹に掛けられ、そのしなり具合で罪の重さがわかるのだそうです。

 本像は、康猶(こうゆう)作の命があります。康猶は江戸初期の仏師で、東寺(教王護国寺)大仏師。奪衣婆の像は、胸をはだけてスルメおっぱいを露出した怪異な姿をしておりますが、たしかにこの像は、ちゃんとした技術を持った人が、素朴でデフォルメされた姿を表現した感じがします。

2022/03/22

【美術展】キューピッドの画中画をみちくさ。修復後の《窓辺で手紙を読む女》「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」東京都美術館

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 オミクロン株による第6波が減りそうで減らない今日この頃、ぽん太とにゃん子は、修復によってキューピットが現れたというフェルメールの《窓辺で手紙を読む女》を見に、上野まで出かけてまいりました。この絵は修復前も見たことはなく、今回が初見でしたが、とても素晴らしかったです。上のふたつの画像は(そして以下のフェルメールの絵も)Wikipediaからコモン・ライセンスのものです。もちろん左(スマホだと上?)が修復後、右(下?)が修復前です。

 1979年に行われたX線調査によって、壁の中にキューピットを描いた画中画があることが確認されたのですが、フェルメール自身が塗りつぶしたと考えられていました。しかし2017年12月に始まった新たな調査の結果、上塗りはフェルメールの死後に何者かによってなされたことがわかり、フェルメールが描いた当初の状態への修復が行われることになりました。長い修復が終わって公開されたのが2021年9月。今回の展覧会は、この絵を所蔵しているドレスデン国立古典絵画館以外での初の公開となります。

ドレスデン国立古典絵画館所蔵
「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」

東京都美術館(上野)
2022年3月上旬
公式サイト
作品リストpdf

【主な出品作】
・ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)1657-59年頃 
・レンブラント・ファン・レイン《若きサスキアの肖像》1633年
・ワルラン・ヴァイヤン《手紙、ペンナイフ、羽ペンを留めた赤いリボンの状差し》1658年
・ヤン・デ・ヘーム《花瓶と果物》1670-72年
・コルネリス・デ・ヘーム《牡蠣とワイングラス(レーマングラス)のある静物》製作年不詳

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 コロナ災の展覧会はすべて時間予約制。ちょっと早く着いたので、上野駅2Fに新しくできたエキュート上野の「やなぎ茶屋」に行きました(→ホームページ)。ぽん太は「宇治抹茶白玉ソフト」を注文。抹茶のお味がしっかりしてとても美味しかったですが、ひとつだけ注文があります。白玉がちょっとでかすぎます。噛み切らないと飲み込めないので、ちょっと食べにくいです。他のお客さんも苦労して食べてるように見えました。


 食欲が満たされたところで美術展の会場へ。入口のメッセージを読んだり、前座の絵を見ている人たちを尻目に、ぽん太とにゃん子は一目散にフェルメールを目指します。B1Fを足速に通り抜け、エスカレーターで1Fに上がり、《窓辺で手紙を読む女》の前へ。オミクロンのせいもあるのか、けっこうすいてました。絵の前に20人くらいしかいなかったかな。向かって左の上流に停滞している人たちを尻目に、ぽん太とにゃん子は下流の右側から接近。上流から流れてきた人が下流から立ち去るのですから、下流の方が絵に接近しやすいです(注:係員さんが「列は作っておりません、空いている方からご覧ください」と案内をしてました)。

 で、素晴らしいです。テーブルの上の厚めの織物、右側のカーテンの硬めの布の質感が見事に描かれてます。テーブルに置かれた果物は光が当たってキラキラ輝いていますが、近づいて見ると霜が降りたかのような小さな白点が描きこまれています。《牛乳を注ぐ女》でもピッチャーや容器に白い点がありましたが、それはグラニュー糖のように大きく、今回の絵とは違ってます。女性の黒い服の上の金糸も光り輝いております。修復前の写真の模写も展示されていましたが、それより全体に色も鮮やかですね。

 ところが絵に向かって右からの角度からだと、今回の修復で現れたという肝心のキューピットの画中画が、ライトの照明が反射してよく見えません。そこでいったん戦線離脱し、こんどは左側から接近。見えました、見えました。背景ですからやや淡いタッチですが、大きめのキューピットが弓を杖代わりに立ち、仮面を踏みつけております。仮面は欺瞞や不義を表すので、キューピットがそれを踏みつけているということは、真実の愛を讃えていることを意味するそうです。

 俳句など省略好きの日本人にとっては、修復前の絵の白くて大きな壁の中に、女性がいったどんな手紙を読んでいるのかをあれこれ思い浮かべるのもいいような気がしますが、修復後の、誠実な愛の応援歌として見るのも悪くないですね。この娘の幸せを祈りたくなります。

 実はこの絵キューピットの画中画は、他のフェルメールの絵にも出てきます。

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 まず《眠る女》(1657年頃、メトロポリタン美術館)。暗くて見づらいですが、画面の左上の絵がそれで、キューピットの片足と仮面が見えてます。

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 次に《中断された音楽の稽古》(1660 - 1661年頃、フリック・コレクション)。不鮮明なのはフェルメールがそう描いたのか、経年変化のせいなのかぽん太にはわかりませんが、真ん中に大きく例のキューピットが描かれています。

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 そしてはっきりキューピットが描かれているのが、《ヴァージナルの前に立つ女》(1672 - 1673年、ナショナル・ギャラリー@ロンドン)です。おんなじポーズのキューピットで、左手に札みたいなものを掲げていますね。仮面は踏みつけていないようです。

 いろいろとググってみると、このキューピットの絵は、オットー・ファン・フェーンの有名な「寓意画集」のなかの「only one」という絵が元になっているそうで、恋愛に対する貞節を賞賛しているんだそうです。画中画は、その絵をもとに誰かが描いたものと考えられますが、特定はされていないそうです(『ヴァージナルの前に立つ女』 - Google Arts & Culture)。

 オットー・ファン・フェーンに関しては、日本語のWikipediaにはなし。英語版Wikipediaの方にはあって、オランダ人の画家で、16世紀後半から17世紀前半にベルギーで活躍。ヒューマニストとしても知られ、若きルーベンスの絵の先生でもあったそうです。

 ファン・フェーンは、エンブレム・ブック(寓意画集)の制作にも熱心に取り組みました。エンブレム・ブックとは、まさにファン・フェンーンが活躍した16世紀・17世紀にオランダ、ベルギー、ドイツ、フランスで流行した本の形態で、ちょっと謎めいた絵と、それを解き明かすヒントとなる文章の組み合わせが、多数掲載されたものでした(エンブレム・ブック - Wikipedia)。

  で、問題となっているキューピットの絵ですが、探していたらありました。Emblem Projict Utrecht というサイトで、ファン・フェーンの『愛のエンブレム』(Amorumu Emblemata, 1608)の全文(!)を見ることができます。画中画の元の絵はこちらですね(→Perfectus amor non est nisi ad unum)。

 右手で弓を杖のように持つキューピットが、左手で数字の1が書かれた札を高く掲げ、それ以外の数字が書かれた札を右足で踏んづけています。

 あれ、踏んづけているのは仮面じゃないですね。もう一度《窓辺で手紙を読む女》の画中画をよくみてみると、確かに足元には仮面が置かれていますが、踏んづけているのはちょっとよくわからない何かです。公式サイトにも、画中画のキューピットが「仮面を踏みつける」と書いてありますが、これ、ひょっとしたら間違いなんじゃないの?

 また、《ヴァージナルの前に立つ女》に描かれたキューピットが持っている札。数字の1が書かれているはずですが……拡大して目を凝らしても読み取れないですね。フェルメールがそもそも描いていなかったのか、それとも経年劣化のせいなのか。

 さて、オットー・ファン・フェーンのエンブレムに戻ると、タイトルは PERFECTVS AMOR NON EST NISI AD VNVM.です。Arist. と書いてありますから、アリストテレスの引用ですね。ただホームページの主は、引用先が見つからないため、本当にアリストテレスの言葉かどうかわからないとしているようです。

 PERFECTVS AMOR NON EST NISI AD VNVM. というのはラテン語ですね。えっへん。ラテン語を1年間だけ勉強したことがあるぽん太がお読みいたしましょう。格変化とか全て忘れたというか、最初から覚えられなかったですが。さて、昔はアルファベットのVとUがあまり区別されてなかったので、現代の表記では PERFECTUS AMOR NON EST NISI AD UNUM. となります。nisiを羅和辞典で引くと「もし〜でないのなら」という意味だそうなので、あとはだいたいわかりますね。直訳すれば、「ひとりに向かうのではなければ、完全な愛ではない」、くだいて訳せば「完全なる愛はただひとりにのみ捧げられる」といったところでしょうか。

 その下に書いてあるラテン語の文章は、ちょっと訳すのがめんどくさいですが、ありがたいことに下に英訳が書かれています。

Only one.
No number els but one in Cupids right is claymed,
All numbers els besydes he sets his foot vpon,
Because a louer ought to loue but only one.
A streame disperst in partes the force thereof is maymed.

 こ、これ英語? なんか変ですが……という気がしますが、VとUが混ざっていることなどを考慮して暗号解読していくと、claymed→claimed、vpon→upon、louer→loverなど、わかりますね。

ただ1のみ。
キューピットが右手に持つ数字の1だけが求められる。
それ以外の全ての数字の上に、キューピットは足をのせる。
なぜなら、愛する者はただ一人たけを愛すべきだから。
流れはいくつもに分かれると、その力は弱まるのだ。

 in Cupids right というのがわからないな〜。「キューピットが右手に持つ」という意味のような気がするけど、絵では左手に持ってるよな〜。版画で裏返しになったとか? 「キューピットの正義において」なんてことないよね。

2022/03/02

【仏像】大法寺の重文・十一面観音立像と普賢菩薩立像/平安中期の見事な地方仏

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 今を去る2019年10月上旬、ぽん太とにゃん子は長野県青木村の大法寺に行ってきました。大法寺といえば国宝の三重塔が有名ですが、ぽん太とにゃん子のお目当ては、重文の十一面観音さまと普賢菩薩さまです。

【寺院】一乗山 大法寺 (天台宗)
【住所】長野県小県郡青木村当郷2052
【拝観日】2019年10月上旬
【拝観】仏像拝観は要予約。料金は境内は300円、仏像拝観は700円です。(ぽん太が行った当時は合計350円でした)
【公式サイト】・https://www.daihoujitemple.com
 ・青木村役場の案内サイト http://www.vill.aoki.nagano.jp/assoc/see/tera/daihouji.html
【仏像】◎重文 
◎十一面観音立像 桂材 一木造 像高171cm 平安時代10世紀後半
◎普賢菩薩立像 桂材 一木造 像高107cm 平安時代10世紀後半
 お前立十一面観音
 文殊菩薩立像
  お姿は、公式サイトや青木村役場のサイトにもありますが、こちらのサイトが充実してます(→祇是未在 - ソゾタケ仏像紀行)。

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 大法寺の本堂です。大法寺は、奈良時代に開山された信州有数の古刹です。ご本尊は釈迦如来です。大法寺とその周辺の風景は、白州正子が絶賛したことで知られています。

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 こちらの観音堂に、十一面観音様と普賢菩薩様がいらっしゃいます。

 中に入ると、重要文化財の須弥壇と厨子が目に入ります。屋根の四隅がぴんと反り上がった禅宗様式の厨子で、鎌倉末期から南北朝の作だそうです。屋根の両端に木彫りの鯱が食いついており、日本最古の鯱だそうです。

 大きさが合わないため、十一面観音様は裏手に安置されており、厨子のなかにはお前立の十一面観音様がいらっしゃいます。こちらはバランスが整った仏さまで、衣紋が執拗に彫られているあたり、鎌倉後期以降と考えられるそうです。

 厨子の裏手に重文の十一面観音様がおり、向かって右に普賢菩薩、左に帝釈天が控えております。

 十一面観音さまはほぼ等身大で、素朴な地方仏ですが、丁寧に彫られていてお優しいお姿です。お顔は卵型で両目を閉じ、唇は微かに開いており、「恍惚」というとちょっと言い過ぎですが、そんな表情に見えます。全身も腰をひねったりせず、まっすぐと、自然に立っておられます。地方仏の名品です。 

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 向かって右に立つ普賢菩薩は、像高107cmと小さいですが、中尊と同じように目を閉じて口を微かに開いており、お姿がよく似ております。頬から喉の肉付きがいいです。

 向かって左には文殊菩薩様がおりますが、こちらは表情が人間的で、子供のようにニコニコ笑っていて、少し新しい時代のものと思われます。

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